<<略歴>>
クリスチャンの両親の元に生まれる。 高校生のとき、練馬バプテスト教会(日本バプテスト教会連合)にてバプテスマを受ける。 進学後、春日原キリスト教会(日本バプテスト連盟)に転籍。
就職後、拝島バプテスト教会(日本バプテスト教会連合)に転籍。 結婚後、東京聖書教会(単立)に転籍、現在に至る。
<<信仰のこと>>
クリスチャンの両親の元に生まれ、毎週日曜日には当たり前のように教会に行っていました。それでも、小学6年から中学3年まで夏休みに参加した錦秋湖バイブルキャンプは、信仰を自分なりに捉える上で大切なステップになりました。
中3のとき,それまで何となく信じているように思っていたイエス様を、僕に永遠のいのちを与えるために、僕の代わりに罪を負って十字架にかかって下さったとはっきり認め信仰告白したいと思い、高校生になってすぐバプテスマを受けました。
その後,自分の中にある罪の性質を実感する中で、聖書の真実さ、福音の素晴らしさを常に新鮮な驚き、感動をもって味わっています。神様がこんな僕のためにイエス様を十字架につけ、救いを約束してくださったことは、考えれば考えるほど不思議です。この一方的な神様からの救いの恵みを感謝するとともに、この恵みを一人でも多くの人にお伝えすることができればと思っています。
<<「この指」との出会い>>
「この指とまれ」を知ったのはバプテスマを受けた練馬教会で。高校時代には1度見学しただけでしたが、ラジオドラマや録音に興味があったため,放送伝道という面で神様を伝える働きをしたいと思うようになりました。まさに「この指」はぴったりの場所だったわけです。就職で帰京した際、練馬時代の高校科のスタッフで,「この指」の録音も担当していた飯島師がいる拝島教会に行きました。飯島師の元で念願の録音の手伝いをするようになり、教会を移った現在も、ドラマの編集と第5週目の「シネマライト」を担当させていただいています。(ときどき役者をやらされるのが唯一の誤算・・)
<<妻の参加>>
結婚して、妻も「この指」に参加するようになりました。結婚前は僕がこの奉仕を続けることを承諾してくれてはいましたが、特に放送伝道に関心があったわけではありません。でも不思議なもので,シナリオを書くローテーションに入った妻は,「そう言えば私は小さいときからお話を考えるのが好きな子だった」と、その楽しさに目覚めてしまったのでした(まあ、僕と同じで役者の方は苦手のようですが・・)。一方、僕の担当する「シネマライト」も、僕自身映画好きではありましたが、高校生のころ名画座に通いつめた妻の支えがあって成り立っているようなものです。結婚前にはこんな形で支え合うことができるとは想像していなかっただけに、「神様の導きって不思議だねえ」とよく話しています。
※岡崎道成のホームページ(旧「ラジオ この指とまれ」HP)もよろしく!
http://homepage1.nifty.com/konoyubitomare/
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