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こんにちは。ディレクターの小川政弘です。この度、"永久に不滅"の「この指とまれ」は、20年以上続いた短波放送を離れて、装いも新たに、ご覧のように「福音ネット」ホームページを開き、インターネット放送伝道として、継続・発展させていくことになりました。これを機会に、旧短波「この指とまれ」から引き続き、あるいは新たに「福音ネット」をごひいきにしてくださって、この番組についてもう少し詳しく知りたい方のために、簡単にご紹介したいと思います。
まずは私の自己紹介から。
1941年生まれ。小さいころから演技が好きで、学芸会ではいつも主役を張り、将来は俳優志願でした。高校を出て間もなく、東宝芸能学校(今はもうありませんが)という俳優養成学校に入り、2年間学んだ後、小さな劇団に属して、“さあいよいよ役者の道だ”と張り切っていました。でも神様のご計画は違ったのです……。
そのころイエス・キリストを救い主と信じてクリスチャンになっていたのですが、秋の公演のけいこで日曜も休まず汗を流していた1964年の夏、“一日だけでも出てみたら?”と勧める牧師の熱意にほだされて、教会のキャンプに出ました。そこで語られた講師のお話の中の一言に“捕まって”しまったのです。いわく、“クリスチャンにとって、日曜朝の礼拝を守ることは信仰生活のライフ・ライン(生命線)。社会でどんなに活躍しても、日曜朝の礼拝を守れなかったら、クリスチャンとしては失格”と。悶々(もんもん)と悩んだ1週間後、私はあれほど好きだった役者の道を断念しました。“もし神様が将来このタラントを用いるおつもりなら、その道も備えてくださるだろう”と信じて。
それから11年後、そのチャンスが訪れました。ラジオ福音放送「この指とまれ」のスタートです。
いつ始まったの?
私が神様に将来をゆだねた11年後、1975年の11月です。この番組は、2000年12月末まで25年もの長い間、私や主要スタッフの所属する日本バプテスト教会連合(プロテスタント・キリスト教会の教派の一つ)のラジオ放送伝道として続けられてきました。
1975年、この団体でラジオ放送による福音宣教を始めようということになり、その年の夏のキャンプで、当時はまだ若かった私と(今でも声は若いでしょう? 姿が見えないのはオーディオのいいところです!)、飯島勅牧師と荒木寛二牧師の3人が集まって、具体案を練ったのです。ちょうどそのころ、荒木牧師の教会員で、キリスト教ラジオ放送局FEBCに勤めていた方がいたので、話はとんとん拍子にまとまり、その年の11月、短波放送番組「頑張れ中高生」としてスタートしたのでした。半年後には中波に移って「ティーンズの集い この指とまれ」となり、1980年5月からは、KTWR短波放送「この指とまれ」として続けられてきました。
どうしてインターネット放送になったの?
「この指とまれ」はKTWR唯一のドラマ中心番組として、熱心なファンの皆様に支えられてきたのですが、時代の波には勝てません。この25年の間に、短波人口は減少の一途をたどり、私どもの団体は、2000年一杯をもって、この短波放送から撤退することになりました。けれども、長い間この働きのために頑張ってきた我々スタッフは、このまま終わらせてしまうつもりはありませんでした。“ラジオがダメなら、21世紀のメディア、インターネットがある。これで行こう!”と相談し合って、今度は教派を離れた有志のインターネット放送伝道グループ「福音ネット伝道協力会(FNDK)」として、広く皆様のご協力を仰いで、働きを継続していくことになりました。かくして、このホームページ「福音ネット」(fukuin-net.com)は誕生したのです。
何か協力できることは?
あります! それはご献金でのご協力です。 上記のような事情で、現在の「福音ネット」は、特定のサポートを持たない有志の働きとなっています。ということは、志を同じくする皆様の具体的な資金面のお支えがぜひとも必要なのです。ご献金のご協力をしてくださる方は、下記の口座にお振り込みください。
金融機関 |
郵便局 |
口 座 名 |
00130−5−612520 (振り込み料加入者払い) |
加入者名 |
福音ネット伝道協力会 |
それでは、「福音ネット」のホームページを今後とも、よろしくお願い申し上げます。
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